三島由紀夫の秀抜な言い回しを一覧にしました。
想いに疲れてもう初江のことなど考えまいと決心するその日には、必ず帰漁の浜の賑わいの中に初江の姿を垣間見るのであった。(潮騒)
懐中電灯は二人の背後の地面に、淡い扇形の光を広げたまま横たわっていた。その光の中には松葉が敷き詰められ、島の深い夕闇がこの一点の仄灯りを囲んでいた。(潮騒)
ランプの感じやすい炎は、少女の静かな眉や長い睫毛の影を、頬の上にゆらめかせているに違いない。(潮騒)
川にのぞんだ傾きかけた古い家が灯をともし、昔ながらの道はしきりに屈折して、思わぬところで行き止まりになったりしていた。(美徳のよろめき)
節子はコケットリイが下手だった。コケットリイのままでとどめておく手綱の引き締め加減に自信がなかった。土屋が要求するようになるためには、彼女は誇大な身振りで自分の誇りを傷つけはせぬかと恐れた。(美徳のよろめき)
小心な人間の決心や衝動は、発作に似たものがあるが、彼らは目をつぶらずに決行する勇気がないために、傍からそう見えるに過ぎないのである。(青の時代)
そのあたりの朝は、鳥のさえずりが喧しく、鳥の姿は見えないで、林全体がさえずっていた。(金閣寺)
十蔵は何度かうしろの女が急にいなくなったような気がして振り向いたが、彼女は眠った赤ん坊を抱いたまま同じ距離を保ってあとをついて来ていた。(夏子の冒険)
画家の任務はまず嘱目の風景から、全体に蝕まれ犯された部分、全体の投影を探り出し、それを切り除いて、一旦崩れてしまったかに見える残りの部分から、新しい小さな画面の全体の均衡を組み立てなおすことである。(鏡子の家)
歌いながらゆく酔漢の下駄の音が、古い人通りのない街並みの月の明るさを知らせる。(鏡子の家)